3月21日に横浜アリーナで行われたTM NETWORK 30th FINAL CONCERT に行ってきました。
3月21、22日の二日間の公演なので、厳密に言うとセミファイナルといったところでしょうか。

何というか、色々な気持ちがグルグルと回って上手く文章では伝えられないです。
シックスティーンあの頃の気持ちに戻ったような気分になったり、成長したな〜と感じたり。(成長してないな〜とも感じたり…。)

今回、このデビュー30周年という節目の年に大きく3シーズンに分けて公演があったのですが、ラッキーなことにすべてのシーズンに参加できました。
2012年からの一連の流れでいうと、2013年のFinal Missionと今年のHUGE DATAは行けなかったのですが、この3シーズンについてサクッと振り返ってみましょう。

まず、“the Beginning of the end”
こちらは2014年5月3日の大阪オリックス劇場での公演に参加。
orixosaka
セットが凝ってるな〜、小室さんが猫背で可愛いな〜という印象でした。
ライブ途中でめまいがして座ってしまい、自分の体力の衰えを感じ始めました(;´Д`) 

次に秋の “QUIT 30”
2014年11月16日の福岡サンパレスでの公演に参加。
Sunapalace
最新アルバムQUIT30の曲だけでなく、思い入れの強い曲が立て続けに演奏され、泣かない人間として有名なこの私が何度も号泣。
出戻りして良かった。無理しても福岡まで来て良かった、TM最高!と心から思ったライブでした。
前回の大阪では自分の体力の衰えを受け入れられませんでしたが、ここでは開き直ってほとんど座って鑑賞。
小室さんが花道に来た時だけバネで飛び出すおもちゃのように立ち上がりました。

そして今回の “TM NETWORK 30th FINAL”
2015年3月21日の横浜アリーナでの1日目の公演に参加。
yokohama
冒頭に書いたように、中学生の頃に戻ったり、現在に戻ったり、何も変わらないと思ったり、色々なものが変わってしまったと思ったり、それはTMに対してであったり、自分自身に対してであったり、とにかく何だかよく分からない不思議な感覚でした。
そして初の横浜アリーナ!ヨコヨコヨコヨコ横浜アリーナ!と古舘伊知郎を威嚇していたあの横浜アリーナ!
新横浜駅から徒歩で行けてとても快適でした。
最初のJust Like Paradise → RHYTHM RED BEAT BLACK → Children of the New Century でテンションが上がりすぎたせいなのかHere, There & Everywhereあたりから腰痛と脳貧血に襲われ、私自身がFINALに近づいているのではないかと不安になりましたが、途中に休憩が挟まったので救われました。(休憩前にこらえきれずに一度自主休憩しておりましたが。)
歳のことを言うのはアレかと思いますが、あの歳であのパフォーマンスをするTMはホントにすごいと思います。あれこれ批評しても薄っぺらくなるだけなのでとにかくすごいとだけ書いておきます。ウツがずっと歌ってなくたっていいじゃない。休憩あったっていいじゃない(むしろ歓迎)。

週末に仕事が入ってしまうことが多く、日程の調整ができないためにピンポイントで行われる公演が仕事と重なってしまうと参加できないのですが、その点、今回の30周年記念公演はツアーとして公演数が多かったので、仕事のない日に開催される会場に行くことで無事3回とも参加が可能に。
チケットを確保してくれたお友達に感謝です。

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※注意。ここから思い出の世界に入ります。

少年隊目当てで買った明星の別冊付録のYOUNG SONGで小室さんを見て「かっこいいいいい!!!!」と思ったのがファンになったきっかけだったと思います。北条司の漫画が好きだったのでゲワイだったかも。今となっては記憶も曖昧なのですが。
KISS YOUをラジオでエアチェックした記憶はないのですが、RESISTANCEはあるのでその辺りの時期かもしれません。RESISTANCEを聴く度に、赤いダブルデッキのラジカセとコタツとスニッカーズが思い浮かびます。

当時はお小遣いも少なく、どの雑誌を買うか悩んだり、アルバムを買うためにシングルを買うのを我慢していたことを思い出します。シングルを買えないからラジオの放送を録音したり、テレビの前にラジカセ置いて録音したり。
CDは宝物扱いだったので、販売時についていた外側のビニールは廃棄せずに傷防止のカバーとして使ったり、歌詞カードは汚れると嫌なので決して見ませんでした。友達にCAROLを貸したら箱の側面(タイトルのところ)が凹んだ状態で返ってきたので、それ以来友達にTMのCDの貸してと言われてものらりくらりとかわすようになりました(ヽ´ω`)

あの頃は雑誌が情報源としてかなり重要だったのでできるだけたくさん購入したかったのですが、GBとPATIPATIを二冊買ってしまうと明星やDuetは買えなくなってしまうので、違うアイドルやバンドが好きな友人と切り抜きを交換してやりくりするなどしました。なぜかあまりFANKSはいなかったので、比較的簡単に交渉が成立した記憶があります。TMを優先するようになったので、この頃から徐々に少年隊離れが始まります。

gb

中学生になっても20時半に寝ないと怒られる家庭だったので歌番組は録画で見るしか方法がなく(トップテンは半分まで見れた)、翌日学校で皆の話題についていけませんでした。このおかげで、自分の知らない話題で他人が盛り上がっていても気にならない性格を確立出来たと思います。

リズレツアーのチケットを従兄弟に取ってもらったのに、公立高校入試の前日か前々日だったので母に許してもらえず、号泣しながら従兄弟に「やっぱ行けへんわ…」と電話したことは今でも鮮明に思い出せます。ウグイス色のダイヤル式電話だったな…(ヽ´ω`)
EXPOは地元の文化会館へ見に行きましたが、終了のドーム公演も行けなかったので、結局終了までに行ったライブはこれだけになりました。

94年の終了後に心が離れてしまい、小室さんの事件の時に出戻ったのですが、同じような方が私以外にもいらっしゃるのではないでしょうか。
私が離れてしまったのは、ワンレンオカッパ頭が受け入れられなかった訳ではなく、TKと呼ばれる小室さんがあまり好きになれなかったのが原因だったように思います。でもやっぱりTMが好きだったんでしょうね。
とにかくTM NETWORKでの小室さんが好きだったので、小室さんが他のアーティストに提供した曲は興味も持ちませんでしたし(渡辺美里は除く)、TRFとglobeも聴かなかったのでカラオケで誰かが歌っている時に曲の区別が付かなかったとこもしばしばです。

10代の頃、今の歳になっても同じ音楽を聴き、同じように感動できるとは考えてもいませんでした。
両親が昔の歌を口ずさむのを聴く度に、「なんでそんな古臭い歌をいつまでも歌ってるのww」と思っていましたが、今思えば同じことなんですよね。
自分の感覚が進化していないだけなのかもしれません。20、30年前に作られたにもかかわらず現代でも感動できるような素晴らしい曲だからかもしれません。でも実際はそういう問題ではなく、ただ単純に、多感なあの頃に何度も何度も聴き、憧れ、色々な思い出とともにそばにあった存在だからかな…と思います。これって今さら何か別のものに変えられないし、消すことも出来ないので、そう思うと何だかすごいもののように思えてきます。

まとまらなくなってきたのでこのへんにしておこうと思います。
熱心なFANKSの方々から見ると非常にライトなFANKSではありますが、今後も応援していきます。
TMの活動が休止しても、継続しても、結局は先ほど書いたように、ただ単純に好きなので応援していくのだと思います。
とりあえず、感動が薄れないうちに書いてみました。

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